++yue's Diary++

++今までの日記++

2001年6月の日記

2001年6月1日(金)
夏服に衣替え
2001年6月6日(水)
夢のような花菖蒲…
2001年6月7日(木)
母76歳、パソコンにTRY!
2001年6月17日(日)
菖蒲茶会
2001年6月19日(火)
学校へ行こう!
2001年6月26日(火)
足は、大事ね。
2001年6月27日(水)
yamada cafe
夏服に衣替え


今日は6月1日。
学校の制服が夏服に変る日だ。
すっかり忘れていたが
今朝息子がカッターにネクタイをしていないので
「あれっどうした?」と言いそうになって
開襟シャツの半袖なのに気付いた。

私や娘はもうしばらくまえから
半袖生活だから、衣替えの感覚が無い。
もっといえば、ここ数年
真冬でも半袖セーターだったりするので
なんだかよく分からん世界である。

息子の公立高校は高2以下は制服が変ったので
女子はウエストよりちょっと下の白のオーバーブラウスに
ベージュのミニのプリーツスカート、白のハイソックスなんだ。
可愛いし、涼しそうだし見てて良い感じだ。
男子もオーバーシャツにベージュのパンツ。
これはあんまりカッコよく着こなせる子は少ないな。

高3の息子の 白の開襟シャツを細かい千鳥格子のパンツに
インにしてきてる方が、カッコよく見える。

でも、いっせいに夏服に変ると言うのもなんだかいいよ。
息子を車で送ったんだが
学校近くになると夏服の学生がわさわさ歩いていた。
昨日までの紺ブレや茶色ブレザーのダークな色彩から
一気に白っぽい花が咲いたようで、
若さで輝いてい居る。

さあ!元気でいってらっしゃい!
2001年6月1日(金)  No.48

夢のような花菖蒲…

先日来、Akko chanからお誘いのあった花菖蒲を頂きに
Akko chanのご実家へ、光さんとAkko chanと出かけた。

Akko chanのお父様は、
私たちの母校の生物のう○さか先生だ。
Akko chanの結婚式以来だから、実に20年振りにお会いした。
ちっとも変っていらっしゃらない、
中学生の時バカな質問をしに行った友人について
生物研究室に入ったときのことを思い出した。
(その質問は、ただ、ツルウメモドキの名前を聞いただけである)


生物の先生だけ有る!栄養たっぷりにいきいきと咲く花菖蒲。
その量が半端じゃない。へたな菖蒲園を完全に陵駕している。圧倒された。

「好きなだけとりなさい」と、言っていただいたが
花バサミを何度も動かしていたら
一体自分がどれくらい取ったのかさっぱり分からなくなる。
ほとんど夢の中の出来事のようである。

一抱えも頂いて、おまけに真っ白のカラー
(これも栄養万点、見事な茎の太さである)も背負うぐらい頂いた。


植物の間に居たら、なんだか呼吸が柔らかくなって
とてもいい気分だった。森林浴ならぬ花菖蒲浴(?)
帰りにお母様にコーヒーをご馳走になって
おうちの周りの薔薇に見とれていると
「ピースの花盛りの頃にぜひいらっしゃい。」と夢が未だ続くようなお言葉。

私、こういうことは忘れませんのよ。
ほほほっ…来年春も、どうぞよろしく!
2001年6月6日(水)  No.47

母76歳、パソコンにTRY!



今日はお約束の、母のIT講習事始の日である。
実は数日前に兄がノートブックパソコンを
母に渡して、電源の入れ方、ワードのはじめ方
終了の仕方、強制終了の仕方だけ教えていったらしい。
それではほとんど何もわからなかったらしく
次の日に
「私が何も知らない人にお茶のお稽古をはじめてあげる時のように
手取り足取り教えないと、わかるわけないでしょう。」と言ったら
CD-ROMを一枚渡したらしい。

母は、そのCD-ROM=ビギナー用のチュートリアルで
マウスの操作を夕べやってて
午前一時まで、思わず夢中だったらしい。
「掴んで運ぶのがさっぱりわからなくて
しばらくして気が付いてやったんだけど
肩が凝りそうだった。」…それってドラッグってゆうんだよ。(^。^)

だから、今日は日本語のローマ字入力を練習させた。
キーポジションを教えて、エンターキー、スペースキー
シフトキーの説明…ワードの編集基本操作など。

「これは、やり始めたら面白いもんだねえ。
でも、ひとつ悪いのは、大正琴の練習時間が足りなくなったと思うのよ。」
と、つぶやく。
「まあ、1週間がんばってローマ字入力練習してごらん。
打ってて楽しいものがいいから
詩集でも、入れてみたら?」といったら
ちょうどいいのがあると「金子みすゞ」の詩集を探し始めた。

ところで、初めて本気でローマ字を覚えようとしている母は
なんと懐かしい単語カードを作っていた。
表に「ま」裏に「MA」と書く、
画用紙のような紙を何枚もリングでとめたあれである。
食器棚の角にリングがぶら下がっていて
いや、ほんとに本気なんだと感心した。

ところが、
(これは英語を学校教育でやった人にとっては意外な指摘だが)
私が自分のメールアドレスを 英字の小文字でメモして渡したら
これじゃわからんと言う。
キーボードには大文字がキーに書いてあるので
大文字で書いてくれというのだ。

皆さん、気づいてました?
私は、大文字でメモしたら打つときにシフトで
大文字の入力するといかんと思わず思ったのだが、
ローマ字をああやって覚えた母には
キーの文字と違う小文字で書かれたら
確かに困ることになるのである。

ともかく、今、母は自分のハンドルネームを何にするか頭を悩ましている。
「新しいことにチャレンジするのは久しぶりで、わくわくして楽しい」だって!
意外と続きそうな気配である。
2001年6月7日(木)  No.46

菖蒲茶会




今日は、向原という町で「菖蒲祭り」というイベントがあって
その協賛で、在住のT…先生がご自宅でお茶会を開かれた。

旦那と娘と実家の母とで出かけた。
向原というのは広島から三次に行く途中の
山間に広やかに開けた、凉やかな田んぼが広がる農業の町である。

つくと立派な菖蒲園もあるらしいがそれより
町じゅうの各農地の隅にそれぞれ丹精された菖蒲が盛りと咲き誇っている。

早速にT…先生のご自宅に向かう。
少し高台にあるおうちは昔ながらの建物を
お茶会ができるように昔改装されたもので
露地も蹲もゆったりと風情がある。
20人ほども入る茶室で8席までされたらしい。
二階洋間では待合客のための野点もされていて
家の中を大勢の人々が回遊していく感じである。

T…先生とその奥様、お嬢様がお茶会の方を取り仕切って
お弟子さん方と忙しく動かれている。
息子さんはカメラ片手に記録をするやら補助をするやら
ほんとうに家族一丸のお茶会なのである。

うちはお家元にお稽古に行っている母とその弟子の私と
今年入門させた娘と親子3代でどこのお茶会にも行くものだから
実力は無いのに知られている娘があちこちで先生方に声をかけられ
うちの旦那は、いまさらのように(さ○子は有名人じゃないか…)とつぶやく。

今回のお茶会では、受付で整理券代わりに
葉っぱを渡された。(キツネノオカネ…?)
その種類で何席目かわかるのである。


1席 モミジ(青)
2席 パイナップルミント
3席 ヤマボウシ
4席 白ヤマブキ
5席 キンギョオツバキ
6席 サンジュ
7席 ツルギキョウ
8席 モミジ(赤)

私たちのは白ヤマブキだった。⇒

待合でそれぞれの葉っぱを見せ合いながら
またひとつ楽しい話題を提供していた。

お茶会は作法の品評会などではなく
ただ、そのひと時を
見立てや道具の取り合わせなどを愛で
お茶の深い味わいを存分に楽しみ、
お菓子の美しさと味のバランスに心ほぐされて
ゆったりとした時間を過ごすためのものなのである。

本席でつい心配で娘に作法を耳打ちしていたら
「わかっているからお母さん、言わなくてもいいの」と
娘に止められてしまった。

そうでした。
そんなことはどうでもいいことだったね。
このひと時を楽しみましょう。
まさしく「一期一会」。
2001年6月17日(日)  No.45

学校へ行こう!

先日の大阪の事件の後、多くの学校で地域とのかかわり方について論議されたようだ。もう何年も前から「開かれた学校」という言葉をよく耳にしている。特にいじめや校内暴力、学級破壊が深刻であるところほど、そういわれ、また保護者の交代での授業参観が続いたものである。

今回の事件で「開かれた学校」と「子供の安全」とが
相反するかのような意見を言う人もある。

しかし、それは少し短慮過ぎる気がする。
私は、小学校中学校高校と子供のお世話になった学校の役員を経験させてもらった。
そして、いかに学校が無防備であるかを知っている。
クラスの前の廊下を私が歩いても(保護者だろうな)で、おしまい。
玄関から入るときも、なんのチェックも受けないのである。
私は必ず事務室に声を掛けていたが、それも聞き流された風である。

何より外から校内へ入ろうと思えば何通りもの方法があるのである。
生徒が入る昇降口など開けっ放しで、事務室より校門に近い事が多い。

建物の構造からくる開放性は、外部に敵がいると考えれば
あからさまなほど防御性は無力である。
これは、大阪教育大付属だけでなく、すべての学校で早急に手を打つべきである。

だが、そのことと「開かれた学校」というのは相反しない。
そもそも「開かれた学校」とはなにか。意味も無く地域の人や、見知らぬ人が
ノーチェックで校内をうろつく事ではなかった筈だ。
「開かれた学校」にくるのは、教育的効果をもたらすためにやってくる人々のはずだ。

ある地域では、来客に来客であることを示すリボンとかネームとかを
つけてもらう方針を出していた。賛成である。
多くの企業で同様の方法をとっているのだから学校ができないはずは無い。
(それでもリボンはやめた方がいい。自作が簡単すぎるからである。)

そのためには、ひとつ大事なことがある。
事務室の職員の皆さん、入り口に注意を向けていただきたい。
よっぽど呼ばなければ振り向かないのは、あんまりである。
玄関にセンサーチャイムをつけるか、入り口に向いておすわりになるか。
あの窓口カウンターは何のためにあるの?明り取り?なんて方が多い。

警備員配置が全学校となるとなかなかだろうから、せめて職員の意識を変えていただきたいものである。

そういう私もかつては某大学の総務課受付カウンターの中に座っていたのである。
人の出入りを把握できないようでは、そこに座る意味は無い。
学校事務職員は、サービス業なのである。
2001年6月19日(火)  No.44

足は、大事ね。
BBSにも書いていますが、足をくじいてしまいました。

雨上がりの午後、ぴかぴかの太陽が出たもので
思わず洗濯物を外に干そうと、慌てた一瞬!
わずか2センチの段差に体のバランスを崩されてしまい
物置 兼 屋内洗濯干場のコンクリの床に
横様に倒れてしまいました。

以前にも同様に倒れたことが有ったのだけど今回は痛みがひどく、
それでも我慢して洗濯籠を持って出て庭に干してから、
リビングのソファに座っていたらどんどん青くなって腫れてきたので、
慌てて外科に行きました。

人間の足になった人魚姫のように
一足歩くごとにきりきりと痛むのです。
でも幸い怪我は左だったので
自分で車を運転して、外科の玄関先に駐車。
見てもらったらレントゲンにも骨折もひびも確認できなかったので
とりあえず湿布してもらって帰りました。薬はそこの薬局ではなく
家の近くのやはり玄関先に駐車できるところで受け取りました。

Miyo chan家に行かねばならなかったので
車でマンションまで行ったら、玄関の来客用駐車場が使用中で
Miyo chanに車の中から電話して降りてきてもらい
近くの100円パーキングに車を入れてもらいました。
傘を杖代わりに使ったら弱くて折れそうになったので
その帰りに実家によって、父の形見の杖を借りてきました。

私は昔、「おじいさん」になりたいなあ…と思っていた
一番の理由がステッキを持てるということだったのですが
思わぬことで「おばさん」でも杖を持つことになりました。

家の中ではパソコンのキャスター付き椅子でご〜ろご〜ろ移動。
でも段差のあるところは膝立ち、またははいはい。
でも、ハイハイで階段を上るというのは無謀でした。
途中でつらくなったのだけど戻るわけにも行かず、
必死の思いで上りきりました。
ほとんど匍匐前進と同様な筋力が必要でした。

もう、いったん上がったら下りたくなくてそのまま寝てしまいましたね。
朝までぐっすりでした。

いったいいつまでこのありさまなのか
ちょっと不安な私です。
2001年6月26日(火)  No.43

yamada cafe
今日は2ヶ月ぶりの「いきいきサロン」=町内会のお年よりの方の月一度の交流広場の日です。
参加者はスタッフも含めて22名(うち町内会役員4名いきいきのスタッフ5名)
今回の担当は私でしたが、いつものお昼の食事と手芸やゲームではなく、
飲み物を楽しみながらおしゃべりする会にしようと、
"yamada cafe"を企画しました。
飲み物はオーダーを取って紅茶、コーヒー、お抹茶から各自選んでもらいました。

まず雰囲気作りに、3つのテーブルをそれぞれ花をテーマにセッティング。

1.アジサイテーブル

ここでは和風の食器を使いました。
大きめなお皿にセットしてサーヴィス。
かたらの葉(柏餅などによく使われる葉っぱ)を
コースターに使いました。



2.ヒマワリテーブル

こちらは元気なヒマワリの花です。
やはり和食器でコーヒーや紅茶をサーヴィス。
お抹茶は、どのテーブルでも半月盆にハランを敷いておだししました。


3.シダテーブル

ここは、唯一洋風に決めたところです。
ピンクとハーブ柄をテーマに
お菓子皿もピンクのガラス、ミントの葉を添えました。
カップはオーソドックスな花の柄です。


カレーと温野菜のサラダの昼食後、ゆっくりと飲み物のオーダーを取って
ひとつずつ丁寧に飲み物を準備しました。
…どのテーブルも、ほんとに話の花が咲き
うるさいほどの大賑わいでした。

私の足が思うように動かないので
十分準備できなくてじれったいことも有りましたが
ほかのスタッフに助けられて"yamada cafe"やり終えることができました。
本当にみんなに感謝です。
楽しそうにいろいろとお話してくださったおばあちゃんたちの
笑顔がとても晴れやかでしたし、
テーブルのしつらいなどを、新鮮な喜びであらわしてくださったのも
嬉しかったです。

終わりの挨拶をしたら、みんな拍手をしてくださいました。
瞬間、吹っ飛んでいったものがありました。

今日の企画のために夕べ食器をたくさん貸してくれた
Miyo chan!ありがとうね。大好評でしたよ。
2001年6月27日(水)  No.42

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