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2002年4月の日記

2002年4月15日(月)
と・も・だ・ち
と・も・だ・ち

人の印象は、初めてであった時の物が
いつまでも残るように思う。

だから、Miyo chanはいつまでもこの12歳。
それがたとえ35年前であろうとも…

この写真は、私立中学に入学した年のその夏休みに
クラスの親睦会で「妹背の滝」で一日遊んだ時の物である。
タオルをおっさん掛しているのが私。
母手作りの赤いサマーセーターを着てるのがMiyo chan。

どきどきの入学から、席が近い者同士話すようになって
(隣の席か、斜前だったか)
この頃には、二人で漫画を描いては見せっこしていた。
そう、Miyo chanなくして私の漫画生活は存在しなかったのだ。

お小遣いの節約の為、
Miyo chanが「マーガレット」と「なかよし」を買い
私が「少女フレンド」と「りぼん」を買って交換して読んでた。
二人共が読んだ後、本をバラバラに解体して
連載毎にまとめて保存、この時お互いに作者別にやり取りしていた。

中一の時以後、一度も同じクラスになる事なく
中高の6年間が過ぎ、短大で一緒に学生生活を終えた。

高2の4月、一緒に桜の木の下でランチしていた時
Miyo chanが「漫研をちょっと見てくる」といった。
そして旧校舎の2階に消えたが
なかなか戻って来ないので私は心配になって覗きに行った。
ドアをちょっと開けると、めざとく三年生に見つかり
「え?この子(Miyo chan)の友達?
はいって、はいって。苺があるよ!」と
無理矢理部室に招き入れられた。
その日の帰りには、漫画の原稿用紙を渡され、
「八枚ね」とか言われてしっかり入部した事になった。

…そう、繰り返すがMiyo chanなくして私の漫画生活は存在しなかったのだ。

高校漫研でAkko chan、BISA、みいらさん、KUMI、ガキ、むしと出会い
大学漫研でJARAと光さん、みやと出会った。
それぞれに個性的なメンバーだった…今でもそれは変わらない。

友達って、財産だね。
私が今でもいろんな刺激を受けまくってるのは
昔のクラブ仲間だ。

Miyo chanはその中でも、長いせいか
(長期間の下校しながらの膨大なお喋りの積み重ねからか)
最近知り合った人が私に対してよく抱く、幻想がないので
…つまり言い換えれば、内実ばればれなので
まずくなりそうな時にチェックが入る。
このタイミングはたまりませんな、ありがたくって。

35年later、外から見れば、完璧なオバサン同士だ。
それでも私には、今でもMiyo chanが12歳に見える。
…それなので、話し掛けるのも12歳の私なのである。
2002年4月15日(月)  No.4

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